福岡忠久の偉人録

僕、福岡忠久が、ただただ偉人を紹介していくブログ。

福岡忠久の偉人録「犬養毅」

今日、福岡忠久が紹介する人物は犬養毅です。
犬養は大同団結運動などで一躍注目を集めた、リベラル色の強い政治家でした。政治家としてのキャリアを積み、大臣を歴任する大物になって以降も、犬養のリベラル色は健在のままで、護憲運動などにも携わり、言論の自由を守り、立憲政治を擁護する姿勢から、憲政の神様という異名を取るほどまでになりました。
とはいえ、時代はどんどん犬養にとって悪い方向に進んでいきます。


軍部の暴走により満州事変が勃発し、日本は戦時色を強めていきます。

犬養は、中国との対話による問題解決を主張し、それを元老である西園寺公望が支持しため、犬養内閣が発足することになります。

当時の日本は、世界恐慌の後遺症により大不況真っ只中だったため、犬養は高橋是清を大蔵大臣に任命して、日本経済の立て直しに尽力を尽くします。

五・一五事件が起こったのは、犬養内閣が発足して1年も経たない時期でした。犬養と対中強硬派である軍部との軋轢は深刻なものになっており、話し合い以外の解決を望んだ青年将校たちにより、犬養は暗殺されることになりました。


福岡忠久的に残念に思うのは、犬養さえ暗殺されていなければ、日中戦争も和平を結べて、太平洋戦争まで至らなかったのではないかという可能性の部分です。


暗い時代というのは、平和を願う強い意志を持つ人物が排除された先にあることを、歴史は教えてくれる一例だと思います。