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福岡忠久の偉人録

僕、福岡忠久が、ただただ偉人を紹介していくブログ。

福岡忠久の偉人録「小林一茶」

今日、福岡忠久が紹介する人物は小林一茶です。


江戸時代の俳人として有名ですが、私生活では幼少時代からとにかく家庭運に恵まれない人生でした。


現在で言う長野県の農家に生まれた一茶ですが、3歳の時に実母と死別することになります。

8歳の時に継母が来て、弟も生まれるのですが、その継母と一茶との折り合いは悪く、一茶が江戸に奉公に出される原因となります。


実は、奉公に出た一茶が俳人として活躍し出すまでの経緯というのは良く分かっていません。

というのも、俳人として一茶が高く評価され始めたのは、明治時代からであり、正岡子規による再評価を待たないといけなかったからです。
有名な諸国漫遊を経て、39歳になった一茶にまた家庭の問題が勃発します。実家の父が病死し、遺産相続問題で、継母や弟と対立することになったからです。

12年に及ぶ遺産相続問題が解決すると、一茶は故郷へ戻り定住します。

この後、人生で最初の結婚をする一茶ですが、4人の子供と妻を全員病気で失うことになりました。

その後、2番目の妻とは早々に離婚し、3番目の妻との間に生まれた娘は成人にまで至るわけですが、一茶自身は娘が生まれる前に64歳の生涯を閉じることになります。
福岡忠久的に思うことは、まるでゴッホのようだなということです。文化人として生前に評価されなかった点や、私生活での度重なるトラブルなども含めて、その悲劇性がそっくりですよね。