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福岡忠久の偉人録

僕、福岡忠久が、ただただ偉人を紹介していくブログ。

福岡忠久の偉人録「前田利家」

今日、福岡忠久が紹介する人物は前田利家です。


前田利家といえば加賀百万石を築き上げた武将として有名ですが、日本最大級の石高を誇る大名に上り詰めるまでの道のりは、けっして平坦ではありませんでした。


前田利家が生まれたのは1539年(天文7年)、尾張国海東郡荒子村でした。領地2000貫の土豪の家の出で、1551年(天文20年)に織田信長に小姓として仕えました。信長には大変可愛がられ、戦においても数々の功績をたてたことから、信長の家臣たちからも一目置かれる存在へと成長していきました。現代では利家は槍の名人としてのイメージが強いですが、利家が槍の名人として知られるようになったのは1558年(永禄元年)浮野の戦いに従軍した頃からで、槍を使った勇猛果敢な戦いぶりで「槍の又左」と異名で呼ばれたことが由来です。

 

信長が本能寺の変で失脚してからは秀吉に重用され、豊臣政権の五大老の一人として活躍しました。秀吉が亡くなったあとは徳川につき、関ヶ原の戦いを経て外様としては最大の百万石の栄華を誇る加賀国を築きました。


福岡忠久は、派手さはありませんが前田利家が好きで、時流の変化に柔軟に対応して出世していったところは見習いたいと思います。