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福岡忠久の偉人録

僕、福岡忠久が、ただただ偉人を紹介していくブログ。

福岡忠久の偉人録「吉田兼好」

=小説家=

今日、福岡忠久が紹介する人物は吉田兼好です。

吉田兼好と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、枕草子方丈記と並び、日本三大随筆の一つとされている「徒然草」ではないでしょうか。

徒然草は、室町時代中期以降に高く評価されました。

現代においても、文学的に評価されているだけでなく、同時代の社会思潮を知るための史料としても、価値の高いものです。 

 

兼好は、鎌倉時代から南北朝時代にかけての官人・歌人・随筆家・厭世者で、本名を卜部兼好(うらべかねよし)といいます。

京都・吉田神社神職の子として生まれ、後二条天皇のもとへ出仕して蔵人・左兵衛佐まで昇進した後、三十代前後で出家厭世しました。

出家厭世の明確な時期や、理由はよく分かっていませんが、俗名を音読した「兼好(けんこう)」を法名として名乗るようになります。


出家した後は、仏道の修行に励む傍ら、和歌に精進しました。

鎌倉には少なくとも2回訪問したことが知られています。

南北朝時代には、現在の大阪市阿倍野区にある正圓寺付近に移り住み、清貧自適な生活を送っていたと伝えられています。

徒然草は、諸説ありますが、出家した後の1330年8月から1331年9月にまとめられたようです。和歌は二条為世に学びました。兼好は、為正門下の和歌四天王の一人と称されています。
これまで徒然草は、色々な人によって現代語訳されてきました。書出し部分は学校で習った覚えがあるけれど、その先はよく知らないという方もいらっしゃるでしょう。福岡忠久もそうでした。

でも、大人になって読み返したい古典として真っ先にタイトルが上がる作品です。

人生論あり、友情論あり、辛口の人間批評や政治批評ありの徒然草を通して、兼好の世界を味わってみてはいかがでしょう。